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    大谷?ジャッジ?MVPはどちらに「WAR」の不思議な落とし穴 | NHK | WEB特集



    大リーグ、エンジェルスの大谷翔平選手とヤンキースのアーロン・ジャッジ選手のMVP争い。ともに歴史的な活躍を見せた2人のどちらが受賞するのか、アメリカでは連日議論が続いているが、ジャッジ選手が有利だという声が強い。その根拠としてたびたび語られる指標が「WAR」。私も大リーグ取材をするまでは知らなかった指標だが、詳しく調べてみると、なんとそこには大谷選手が不利となる落とし穴があった。(アメリカ総局記者 山本脩太)


    WARって何?

    WARは、Wins Above Replacementの略で、代替可能な選手(Replacement)に比べてどれだけその選手が勝利を上積み(Above)できたか、を表している。

    打撃、守備、走塁、投球を総合的に評価し、いくつかの計算方法があるがいずれも数値が高いほど優れた選手となる。

    多く用いられているものの1つ、Baseball Reference算出のWARだと、平均的なレギュラー選手で2.0以上、オールスターゲームに選ばれるクラスの選手が5.0以上、8.0を超えるとMVP級とされる。8.0の選手だと、代替可能選手が出たときに比べてシーズンで8勝多く勝った、ということ(この記事ではすべてBaseball Reference算出のWARを使用)。

    この指標ができたことで、これまで同じ土俵で比べられなかった投手と野手や、違うポジションの選手を1つの数字で比べられるようになったとされている。そのため、近年のMVP争いではWARに注目して誰が受賞すべきかという議論が展開されることも多い。

    昨季トップは大谷、今季はジャッジ

    昨シーズンの大谷選手のWARは投打合わせて9.0で大リーグトップ。

    ホームラン王を獲得しMVP争いの有力なライバルだったブルージェイズのゲレーロJr.選手は6.8で、結果は大谷選手が満票でMVPを受賞した。

    WARは野手と投手でそれぞれ算出され、二刀流の大谷選手は野手で4.9、投手で4.1で合計9.0となった。

    対して今シーズンはどうか。

    大リーグトップは、ホームラン数のアメリカンリーグ記録を61年ぶりに塗り替え打点王との2冠に輝いたジャッジ選手で驚異の10.6。

    2位の大谷選手もジャッジ選手には及ばないものの昨シーズンを超える9.6をマークしていて、まさに史上最高レベルの争いだ。

    守備補正という“落とし穴”

    これを見て、お気づきの方もいるのではないだろうか。

    確かに、ジャッジ選手のすさまじい成績がWAR10.6なのはわかるが、なぜホームラン34本、100打点近くあげている大谷選手の野手でのWARがオールスター級にも届かない3.5にとどまっているのか。「おかしい!計算間違いでは?」と思って詳しく仕組みを見てみると、とんでもない落とし穴があった。

    それが「守備位置による点数補正」という概念だ。実はWARは、野手の守備位置の難易度によって点数が補正される仕組みがある。

    それによると、いちばん加点されるのがキャッチャー。次いでショート、セカンド、センターと難易度が高いとされる順に続く。守備位置によっては減点されてしまうポジションもあり、最も難易度が低いと位置づけられているのはファーストだ。

    ところが、守備につかない指名打者はファーストよりもさらに大きく減点される。これが、大谷選手とジャッジ選手のWARが開いている要因だった。

    今シーズンのジャッジ選手はセンターとして77試合、ライトで60試合、指名打者で25試合に出場。代打で4試合の出場もあった。センターでの加点、ライトと指名打者での減点を差し引くと守備位置での補正はプラスマイナス0となっている。

    対する大谷選手は指名打者で153試合に出場(このうち28試合は投手としても出場)、代打で4試合の出場があり、トータルでは-1.7。守備のポイントだけで見ると今シーズンのランキングに入っている199人中197位。なんと下から3番目だ。

    投手の守備位置補正は0なので、もし指名打者でのマイナスがなければ大谷選手のWARは11.3にはね上がり、ジャッジ選手を上回る計算だ。

    アメリカでは2人のどちらがMVPにふさわしいのか激しい議論が続いているが、毎日外野を守るジャッジ選手と、二刀流で1週間に1回は投手として投げる大谷選手の間で1.7もの差がつくのはフェアではないという指摘や、WARが二刀流の選手を正しく評価できているのかというところまで議論が及んでいる。

    二刀流選手の価値 どう評価?

    1人で投打をこなす大谷選手はルール上「二刀流選手」となり、エンジェルスは通常26人のベンチ入りメンバーの枠を他チームより1つ余分に持てる。リリーフ投手や代打、代走に充てる選手を常に1人多く確保できるわけで、これはチームにとって大きなアドバンテージをもたらす。

    それなのに守備位置補正でマイナスされるのはおかしくないか、と思ってしまう。個人的には、投手としてのWARを持つ二刀流の選手は守備位置補正による減点をなくしてもいいのではと感じるが…。

    ちなみに、この守備位置による補正によって大谷選手とホワイトソックスのショート、アンドルス選手の野手としてのWARは3.5でほぼ同じ。打撃成績を見れば大谷選手が大きく上回っているが、指名打者とショートの差で今シーズンの野手としての価値は「ほぼ同じ」とされているのだ。

    こうしてWARという指標を見れば見るほど「二刀流の選手を正しく評価できているのだろうか?」という疑問がわいてくる。

    データ分析を専門とする大リーグ機構のアナリストに疑問をぶつけてみた。

    アドラー氏
    「WARは異なるポジションの選手たちをおおまかにクラス分けするのには非常に適した指標だが、大谷とジャッジのように、ともにMVP級のWARを持つズバ抜けた2人を比べることにはあまり意味がない。二刀流の選手も考慮して作られた指標ではないから大谷の価値を正確には測れない。この選手はレギュラー級、この選手はオールスター級という区別をする程度に考えるべき。ただ、私の意見ではMVPはジャッジが受賞すると思う。もちろん2人ともMVPの価値があるが、62本という数字はより大きな価値がある」

    過去の事例では?

    アドラー氏もジャッジ派だったが、では、現状WARで1.0差をつけられている大谷選手にMVP争いの勝ち目がないのかというと、実はそうでもないこともわかった。

    MVPは全米野球記者協会に所属する記者30人の投票で決まるが、過去20年の両リーグのMVP受賞者を調べると、WARでトップだった選手が受賞したのは40人中19人。ほぼ半数だが、逆に言えばあとの半数はWARでトップでない選手がMVPとなっているのだ。

    中でも興味深い例が2つある。

    2012年、アメリカンリーグでWARがトップだったのは当時21歳だったエンジェルスのトラウト選手だったが、MVPは大リーグで45年ぶりとなる三冠王を獲得したタイガースのカブレーラ選手だった。

    また、2001年はWARトップは当時アスレティックスの主砲だったジオンビー選手だったが、大リーグ1年目で首位打者や盗塁王に輝いたマリナーズのイチロー選手がMVPを受賞した。

    そして1979年には、ナショナルリーグで2人がポイントで並び2人ともMVPを受賞している。同時受賞は大リーグの歴史でもこの1回だけだが「どちらに1位票を投じても間違いではない」とも言われることし、そんな奇跡が再び起きてもいいのではないか、という気さえしてくる。

    MVPの投票はすでに終わっていて、来月結果が発表される。テレビ局の記者には投票権がないことが残念だが、ことしMVPに投票する新聞やWEBメディアの記者の皆さんには、計り知れない二刀流の価値をどうか軽視しないでほしいと願っている。

    ジャッジ選手の活躍はもちろんすばらしかったが、私たちはこれまで地球上で見たことがない野球選手のプレーを2年続けて目撃しているのだ。

    アメリカ総局記者
    山本 脩太
    2010年入局
    スポーツニュース部でスキー、ラグビー、陸上などを担当
    2020年8月から現所属

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