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    秋吉 健のArcaic Singularity:メタバースの憂鬱。人々が期待し人々に受け入れられるには何が必要なのか?現状と課題を考える【コラム】 – S-MAX

    先日、テクノロジー業界を若干ざわつかせる出来事がありました。FaceBookを運営する「メタ・プラットフォームズ」(Meta)の株価が一時的に暴落したのです。原因は2022年7~9月期決算での業績の低迷と投資銀行による投資判断や目標株価の引き下げでした。

    10月29日現在は若干持ち直しているものの、その水準が元に戻る可能性は現状ほぼゼロです。業績低迷や投資判断の引き下げを引き起こしたのは、メタバース関連技術への投資額の膨らみと回収までの期間の延長、さらに投資回収への不安です。

    多要素が絡む株価の下落は基本的に長期の嫌気に繋がります。このニュースを受けて短絡的に「メタバースは失敗だったんだ」と考える意見もネット上で散見されましたが、そこまでは深刻な状況ではありません。

    しかしながら、状況はまったく楽観できません。メタバースという言葉がテレビニュースで頻繁に出てくるようになってから1年余りが経ちますが、人々が未だに「メタバースって何?」と非常に基礎的な部分で疑問を持っている状況です。

    Metaがそこに素早くシンプルな答えを示せなかったことが現在の株価につながっているとも言い換えられます。メタバースは成功するのでしょうか。メタバースが目指す未来は人々が望む未来なのでしょうか。

    感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回はメタバースの現在と直近の課題について考察します。


    メタバースに社運を賭けるMetaの運命は如何に

    ■期待を大きく外した2022年のメタバース
    筆者は今年1月、年始めのコラムとしてメタバースを取り上げ、2022年を飛躍の年として期待する旨を執筆しました。

    【過去記事】秋吉 健のArcaic Singularity:2022年、見えてきたメタバースの特異点。通信やテクノロジーの成熟がもたらす新たな世界への展望を語る【コラム】

    明るい話題が非常に少なかった2021年が終わり、せめて2022年はテクノロジー関連で将来性のある明るい話題をと思い執筆に至った次第ですが、10月も終わろうかというこの時期からメタバースの1年を振り返ると、ほとんど何も動きがなかったというのが現実です。

    メタバースの牽引役を自ら買ってで出たMetaでさえ、1兆円以上を投資した結果として満を持して出してきたものが、20年前のMMORPGでもお目にかかれないような稚拙な3Dキャラクターで表現されたマーク・ザッカーバーグCEOの姿だったのですから、一般の人々にしてみれば失笑するしかなかったのも致し方がないところです。

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    この3Dモデルは批判の嵐に遭い、すぐに別のデザインへと差し替えられた

    ■メタバースに寄せるゲーム開発者の憂鬱
    Metaの失速やメタバースへの期待感喪失の理由について、非常に的を射た回答を得る機会がありました。

    スクウェア・エニックスのMMORPG(オンラインRPG)「ファイナルファンタジーXIV」(FF14)のファンイベント「第8回 14時間生放送」の締めくくりのコーナーとして、ファイナルファンタジーシリーズの生みの親である坂口博信氏とFF14のプロデューサー兼ディレクターを務める吉田直樹氏の対談がありました。

    その対談の中でメタバースについて触れる場面があり、坂口氏が「メタバース?意味分かんないよね」と切り出したことから談話が始まります。

    坂口氏は、メタバースが何か分からないという主旨で語っているのではありません。メタバースという概念や技術を理解した上で、ビジネスとしてその技術や関連商品をメタバースの名の下に売り出すには時期尚早なのではないかと危惧していたのです。

    この点については吉田氏も同意を示していますが、その時の両氏の発言内容が現在のメタバースの状況を非常に端的に示していたのです。

    吉田直樹氏
    「3Dメガネ、VR、メタバースって、僕の中の今の三種の神器なんですよ」
    「なんかことごとく2.5年おきに、なんで可能性のあるものを先行で潰しに来るんだよっていう」

    坂口博信氏
    「今のメタバースのやり方は潰しにかかっているよね」
    「放っておけば、もしかしたら行き着ける可能性があるかもしれないのに、今ああやってねぇ……」

    吉田直樹氏
    「静かにしておいたらもっともっと早く発展する」

    坂口博信氏
    「気がついたらそうなっているぐらいですよね」

    まさに、技術とは本来そうあるべきなのです。

    確かに、テクノロジーのスタートには起爆剤が必要かもしれません。例えばスマートフォン(スマホ)の場合、スティーブ・ジョブズという稀代のカリスマとiPhoneというエポックメイキングがあったからこそ人々のブームとなり、それが他企業を動かし、巻き込み、ライバルを生み、巨大な潮流となって世界を一変させました。

    しかしながら、それは非常に稀有な例でしかありません。例えば携帯電話の普及に特定の起爆剤やカリスマの存在があったと記憶している人はいるでしょうか。

    テクノロジー分野に限らず、ブームやパラダイムシフトとはどこか一社が強力な手綱によって牽引すれば発生するというものではありません。ほとんどの場合、数多の企業がしのぎを削り、さまざまなアプローチで人々に売り込み始めているうちに、いつの間にかブームが起こるのです。

    ましてやそれが無謀なほど巨額の先行投資によって行われようものなら、その企業は莫大なリスクを抱えるだけではなく、SNSの発展した現在においては「巨大企業やメディアによる強引な扇動だ」と人々の心象まで悪くしかねません。

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    2010年発売のパナソニック製3Dテレビ「3D VIERA TH-P42VT2」。3Dブームは5年も持たなかった

    坂口氏や吉田氏がメタバースについて上記のように語るのにも理由があります。

    両氏はゲーム開発者である以前にMMO黎明期からのオンラインゲームのコアゲーマーであり、数多くのMMORPGやオンラインゲームをプレイしてきた人々です。

    そのような人々にしてみれば、メタバースの概念や存在意義は20年以上も前から肌で感じてきたことであり、そこに技術や人々の認知と理解がようやく追いついてきたのにどうして急ごうとするのか……という思いしかないのです。

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    FF14の世界では世界中の人々が自由にコミュニケーションを取り、「もう1人の自分」の空間を創り出している(Copyright (C) SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.)

    ■人々を突き動かすものは「楽しさ」である
    この1年間、筆者は世界中で展開されているメタバース関連の技術や製品、コンテンツなどを見てきましたが、決定的に欠けている「あるもの」を強く感じ取っていました。

    それは「楽しさやワクワク感へのアプローチ」です。

    Metaによるマーク・ザッカーバーグCEOの3Dキャラクターに対する落胆も酷いものでしたが、それ以外にも生み出される製品やコンテンツに対して「楽しそうだ」、「触ってみたい」という感想や印象をほとんど得られなかったのです。

    今年1年の取材で唯一それを感じ取れたのは、KDDIによるバーチャルハロウィーンフェスです。

    本イベントは今年で第3回を迎え、今年はバーチャル渋谷だけではなくバーチャル大阪も参加し、参画企業も16社まで増やしながら、より大規模に体験コンテンツや、アイドル・アニメ・VTuber出演のイベントなどを開催しています。

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    毎年規模を大幅に拡大しながら開催しており、人気が定着しつつ広がっていることが分かる

    Metaの提唱するメタバースやそれに準ずる企業のコンテンツおよびソリューションの概要を見ていると、そのような「楽しさ」が感じられないのです。

    吉田氏も坂口氏との対談の中でこのように語っています。

    吉田直樹氏
    「面白くて、プレイヤーが幸せになって、僕らも儲かるんだったら大いにやればいいと思うんですけど、今その道が、今の(FF)14のゲームデザインだと見えないんで、あんまりやる必要がないのかなと」

    メタバースのような人々の価値観の相転移を必要とするような技術やコンテンツにおいて、もっとも重要なことは人々の興味と関心です。その興味や関心を引くために必要なものは、人々が「面白そう」、「楽しそう」と思わせるための工夫です。

    そしてその上で、その興味や関心の度合いが、初めて触れるモノやコトへの不安や不信を超えてくることが重要なのです。

    3DテレビやVRゴーグルが失敗してきた部分がまさにそこにあります。

    それを利用したことがある本人であれば、その楽しさや面白さは理解できるのです。しかしながら、「それを利用している人を眺めている人々」にはその面白さが非常に伝わりにくく、しかも少なからず「なにあれ」、「変なの」と奇異の目で見られてしまいました。

    ゲームの世界において2000年代にMMORPGがブームとなり、その後オンラインコミュニケーションというスタンスやスタイルが世に定着して現在のSNSやボイスチャット、スマホゲームへとつながって誰もが利用するツールやコンテンツへと昇華されたのも、その根本にあるのは「楽しいから」に他なりません。

    現在はファイナルファンタジーシリーズの開発から離れ、1人のプレイヤーとして純粋にFF14を楽しんでいる坂口氏

    メタバースという新しい言葉(概念とそれを表現するツールやコンテンツ自体は何十年も前からあった)を世に定着させ、人々に「楽しそう」、「やってみたい」と思わせるには何が必要なのか。

    Metaはそこに1兆円という巨額を投じて人々の失笑を買う3Dキャラクターを見せ、KDDIは参画企業を募りコストを抑えつつユーザーが遊んで楽しめるコンテンツを大量に並べました。

    どちらのアプローチが人々の興味を惹き、楽しませたのかは一目瞭然でしょう(Metaの3Dキャラクターもある意味「楽しませてくれた」とは思うが)。

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    ユーザーにとって、それがメタバースなのかは重要ではない。それが楽しいかどうかが重要なのだ

    <バーチャル渋谷>
    https://vcity.au5g.jp/shibuya

    <バーチャル大阪>
    https://www.virtualosaka.jp/

    ■何よりもユーザー体験を優先してもらいたい
    xRゴーグル(xRグラス)やブロックチェーン技術、そしてそれを活用したNFTなど、メタバース関連の製品や技術はひたすらにビジネスが先行している印象です。

    確かにテクノロジーはビジネスとして成立しなければ発展しませんしシェアも取れません。兎角、いち早くシェアを勝ち取り先行逃げ切りで市場を制覇することが重要とされるテクノロジー業界においては何よりも優先度の高い戦略なのかもしれませんが、それにしてもメタバース関連は急ぎすぎの感があります。

    ビジネスを優先しすぎてユーザー体験を蔑ろにしてはいないだろうかと思うことが多いのです。

    NFTなどは、テクノロジーやオンラインビジネスに強い人々だけが楽しみ、利益を享受しているようにも見えます。テクノロジーの普及に必要な、本来の「一般人が広く楽しめるコンテンツやソリューション」に落とし込めていない感が非常に強くあります。

    このままでは、メタバースは人々に「そんなのもあったね」と言われて終わる可能性すら高まっています。

    実際には、人々がスマホで毎日利用しているSNSやゲームジャンルとして定着しているFPSやMMORPGでさえ、メタバースの要素を多分に含んだコンテンツと世界なのですが、「メタバース」という言葉がそれらを想起させないほどに、別世界の言葉として未だに捉えられているようにも思えます。

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    任天堂のゲーム「あつまれ どうぶつの森」ですら、定義で言えば立派なメタバースである

    Metaが大号令を掛け1兆円を投じなくとも、すでに人々は日々の生活やゲームの中でメタバース体験の一端を楽しんでいるのです。それがメタバースであると気が付かなくても、その世界を楽しんでいるのです。

    むしろ、人々がさまざまなアプローチによって「楽しい方向」を考えながらゆっくりと育ててきたものを、突然「それはメタバース(の一部)だ」と後から勝手に定義されたようなものです。

    はたしてメタバースという「言葉」は定着するのでしょうか。Metaが考えるオンライン空間とリアルの融合は必要なのでしょうか。その成否を分けるものは「楽しさ」であると、筆者は強く感じます。

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    人々はメタバースを知らないのではない。すでに楽しんでいるものがメタバースであることを知らないだけである

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